私たちについて

はじめまして!

「かんじきとスキップ」です

私たちは高柳で暮らす子育て世代を中心とした有志のグループです。2024年の夏から活動を始めました。「ずっと高柳で暮らし続けたい!」という思いから、過疎化する地域で今できることを模索しています。

代表挨拶

東京を一歩出たら荒れ地しか残らないという日本の近未来像が予測されだしているそうです。今、すべての農山村に消滅危機がおとずれようとしています。高柳地域も無論例外ではなく、「2045年以降ほぼ消滅する」という統計が近年新聞でも報道されました。自分たちが暮らしながら想像しているそのはるか上を行くスピードで加速的に地域の実情が変化しています。

『かんじきとスキップ』が立ち上げられたのは、そういった悲観的統計に対してただ座して死を待つのは嫌だなあという想いからでした。座して死を待つよりはむしろ消滅危機なるものに対して抗いたい。

「こうあってほしい」という地域の理想像。それらはすでにもう何度も出そろっているように感じていました。これまでずっと「(それは)誰かがやらなければならない」「誰かがやるだろう」「誰かがやるはずだ」と思ってきました。しかしそれは、今後ますます誰かがボランティア的に背負う問題ではなくて、地域で実験をして試行錯誤ができる組織が必要だと考えるに至りました。

現実と理想とのあいだにはいかなる時もギャップがあります。階段の一段ずつのようなギャップを課題と捉えて、この地域課題に対する試行錯誤から新たな仕事が生み出せないだろうか。そのための実験を試み続けたいです。

高柳にある豊富な資源と技と知恵から今一度「高柳ブランド」を掘り起こしたい。その時にこの農山村における風景の復権もまた叶うと信じています。

理想を論じるのではなく、ささやかな試みであっても、「何かが変わる現実」を人は皆目のあたりにしたいのだと思います。これまでのように数少ない優秀な地域ではなく、多くの平凡な地域が残っていくための可能性、戦略を手探りしたいと考えています。

ここに暮らし、これまでを築いてきた”土の人”たちと、そうした高柳人たちの姿や風景に魅かれてやってきた我ら”風の人”たち。今後なおも豊かに醸されていくであろうこれからの高柳の風土と風景のなかで、実験できることはまだたくさんあると思っています。他所とあまり比べることなくじっくりとやっていけば、まだ間に合うと信じています。

新潟・高柳
かんじきとスキップ
代表 伊藤直樹

かんじきとスキップの由来

  • 1

    かんじきで雪道を踏み締めて足跡をつけていくように、昔から現在、そして未来へと道をつけていきたい。

  • 2

    かんじきの輪の形から、手をつないで人と人がつながり合っている様子をイメージ。

  • 3

    高柳の暮らしの楽しさの表現。スキップするように課題を軽やかに飛び越えていきたい。

メンバー紹介

伊藤 直樹
代表
伊藤 直樹
地区名:山中
口下手な代表(かんじきとスキップ呼びかけ人)。1976年生まれ。秋田県大仙市出身。大学進学で新潟へ。出版社勤務などを経て農家見習いになり、2011年から山中という小さな集落で農家として山の田んぼを耕しながら妻子と3人で暮らしています。好きな言葉は「適疎」。好きな飲物はビール。
村田 功
事務局
村田 功
地区名:塩沢
東京での1/10,000,000より、高柳での1/1,000でいることが、私には合っているようです。人口推計では、20年後に高柳は「消滅」することになっていますが、ただ、その時を待っていても寂しいだけなので、何かできることなないか、何とか先延ばしして、自分が高柳で暮らしていけるようにできないか、と思っています。
中村 菜穂
事務局
中村 菜穂
地区名:荻ノ島
移住10年目。小さい田んぼと、小さい畑、冬に向けての薪割り、ここ高柳でしかできない暮らしを親子で楽しんでいます。暑さにくじけ、寒さにくじけるのもまた現実。
大塚 絵里子
大塚 絵里子
地区名:岡田
橋本 和明
橋本 和明
地区名:荻ノ島
大阪のベッドタウン出身。夏はかやぶき屋根補修と酒米つくりと週末のカフェを主な生業とし、冬は高柳の石塚酒造で働いています。インターンを通じて新卒で移住してまもなく10年目。現代の百姓を目指して日々活動してます。
橋本 紫乃
橋本 紫乃
地区名:荻ノ島
2021年、結婚を機に高柳へ。今は子育てしながら、荻ノ島の宿やカフェでお仕事しています。 春夏秋冬、それぞれ美しい景色に、良いところだなあと感じながら暮らしています。縁あって辿り着いたこの土地で、楽しく年を重ねていけたら良いなと思います。 泣いて暮らすも一生、笑って暮らすも一生
中村 拓郎
中村 拓郎
地区名:荻ノ島
栃木県生まれ。尾瀬、上高地、みなかみ、奥多摩……と、比較的山から山へと渡り歩いてきました。南太平洋のサモアでの暮らしを経て、常夏の反動で辿り着いたのが新潟県。インタープリターという自然体験の仕事は継続しつつも、旅するように職場や住処を変えてきた放浪気味の人生でしたが、里山での暮らしに目覚め、気がつけばこの地で10年。たぶん根付きました。
村田 恵太
村田 恵太
地区名:門出
矢代 耕太
矢代 耕太
地区名:門出
山﨑 智仁
山﨑 智仁
地区名:岡田
1975年柏崎市生まれ。帰郷後、中山間地の暮らしに興味を持ち、2012年に実家から20キロ離れた高柳に引っ越して米や小麦などを作ったり地域のいろんな仕事をしています。中山間地から人が減っても、先人の知恵と現代の工夫で楽しく暮らせないかと日々チャレンジしています。
山﨑 和恵
山﨑 和恵
地区名:岡田
新潟県長岡市生まれ。結婚を期に2015年から高柳で暮らし始め、夫の農業の手伝いやローカルなパート、子ども見守りや小学生の放課後活動に関わりながら2児の子育てを楽しんでいます。今できることをやりながら高柳で仲間や子どもたちと笑って過ごせる瞬間が豊かだなぁと感じます。
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